山崎→芥川(高槻) 8.0km [西国・山陽道ゆっくり散歩・完歩]
JR山崎駅から、お散歩スタート。
何度もお話に出て来る、「離宮八幡宮」です。油の神様。
山崎は、宿場のあった豊かな場所だったようで、大阪府と京都府にまたがって
いました。どちらの町も「山崎」という名前を使いたかったために、大阪府側
を「三島郡島本町山崎」、京都府側を「乙訓郡大山崎町」としました。
両方の町が豊かなので、近隣の市町村との合併をひたすら拒んでいます。
それで大阪、京都という大都市に挟まれても、未だに「郡」です。
お昼を食べた「三笑亭」さん側は「京都府」。
ここから「大阪府」です。
島本町の豊かさの1つ、「サントリー」のウイスキー工場。
イベントがあったのか、駅までの道はいっぱいでした。
ウィスキー片手に、かなり酔っているおじ様も出現。遮断機の下りている踏切
を渡っていました。危ないですよぉ〜。
サントリーのビール工場の方は、京都府大山崎町にあります。
撮り鉄さん。珍しい電車が走るのかな?と思ったら、このあたりのカーブが、
写真を撮るには最適らしいです。
水無瀬川を渡ります。
西国街道は本当に細い道で、ここをビュンビュン車がすれ違います。
そしてどこまでもタケノコ…(^^;)。
「桜井の駅」に出て来ました。駅と言っても、鉄道の駅ではなく、馬などがい
る旅の拠点。奈良時代からあったそうです。
ここは、楠木正成さんとお子さんが別れた場所のようで、その後正成は足利尊
氏に敗れて自害しています。
「滅私奉公」。死語ですねぇ。
近くには、JR島本の駅ができました。桜井の駅はもっと静かな場所だったよう
ですが、駅付近の整備のため、木を伐採したりして雰囲気が変わってしまった
ようです。
梅雨時、あじさいがきれいでした。
街道はますます狭くなり、車を避けながらの道程となりました。
JRの線路のすぐそばを歩きます。
梶原一里塚跡。その跡に、お地蔵さんのお堂を建てたようです。
畑山神社。
淀川の支流、桧尾川。
古いお家も残っていますが、ほとんど西国街道の面影はありません。
でも相変わらず道は狭い!
新しく駅前にできた、関西大のキャンパスです。
一時は辺鄙な場所に引っ越した大学も、最近は便利なところに戻りつつありま
すね。
高槻駅周辺です。本日は、ここまで。
芥川宿→
何度もお話に出て来る、「離宮八幡宮」です。油の神様。
山崎は、宿場のあった豊かな場所だったようで、大阪府と京都府にまたがって
いました。どちらの町も「山崎」という名前を使いたかったために、大阪府側
を「三島郡島本町山崎」、京都府側を「乙訓郡大山崎町」としました。
両方の町が豊かなので、近隣の市町村との合併をひたすら拒んでいます。
それで大阪、京都という大都市に挟まれても、未だに「郡」です。
お昼を食べた「三笑亭」さん側は「京都府」。
ここから「大阪府」です。
島本町の豊かさの1つ、「サントリー」のウイスキー工場。
イベントがあったのか、駅までの道はいっぱいでした。
ウィスキー片手に、かなり酔っているおじ様も出現。遮断機の下りている踏切
を渡っていました。危ないですよぉ〜。
サントリーのビール工場の方は、京都府大山崎町にあります。
撮り鉄さん。珍しい電車が走るのかな?と思ったら、このあたりのカーブが、
写真を撮るには最適らしいです。
水無瀬川を渡ります。
西国街道は本当に細い道で、ここをビュンビュン車がすれ違います。
そしてどこまでもタケノコ…(^^;)。
「桜井の駅」に出て来ました。駅と言っても、鉄道の駅ではなく、馬などがい
る旅の拠点。奈良時代からあったそうです。
ここは、楠木正成さんとお子さんが別れた場所のようで、その後正成は足利尊
氏に敗れて自害しています。
「滅私奉公」。死語ですねぇ。
近くには、JR島本の駅ができました。桜井の駅はもっと静かな場所だったよう
ですが、駅付近の整備のため、木を伐採したりして雰囲気が変わってしまった
ようです。
梅雨時、あじさいがきれいでした。
街道はますます狭くなり、車を避けながらの道程となりました。
JRの線路のすぐそばを歩きます。
梶原一里塚跡。その跡に、お地蔵さんのお堂を建てたようです。
畑山神社。
淀川の支流、桧尾川。
古いお家も残っていますが、ほとんど西国街道の面影はありません。
でも相変わらず道は狭い!
新しく駅前にできた、関西大のキャンパスです。
一時は辺鄙な場所に引っ越した大学も、最近は便利なところに戻りつつありま
すね。
高槻駅周辺です。本日は、ここまで。
芥川宿→
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