SSブログ

矢橋→赤崎→下市→御来屋→(名和) 20.0km&名和神社 [山陰道ゆっくり散歩]

八橋駅からスタートです。ここまで来るのに、名和から電車で20分ぐら
いなのに、50分かかりました。次の御来屋で18分、下市で12分と連絡
待ちをするのです。恐るべし、山陰線単線。皆さん、辛抱強いなぁ…。
八橋駅。
1.jpg

駅から歩いて、ここから本番です。
2.jpg

司馬遼太郎の「菜の花の沖」の主人公、高田屋嘉兵衛のお話です。
このあたりが、高田屋嘉兵衛のお店があった場所だそうです。
3.jpg

八橋城搦手口跡。
4.jpg

諏訪神社。
5.jpg

お天気菩薩。
7.jpg

8.jpg

わかりにくいのですが、洗濯物じゃなくてワカメが干してあります。
9.jpg

赤碕港。
10.jpg

12.jpg

?このモアイ像のようなものは、何でしょう?
11.jpg

菊港・波しぐれ三度笠というものです。
菊港というのはこの港の呼び名で、大火で鳥取藩の藩邸が焼失した時、
赤崎の河本長兵衛が江戸から材木をここに運んで来たそうです。長兵衛
の妻は松江城主の孫娘で菊姫と呼ばれていました。なのでここは、菊港
と言い習わしたそうです。
16.jpg

このモニュメントは、彫刻家の方が造られたそうです。今時「三度笠」
というのもどうかと思いますが、皆さん遊びに来ていました。
15.jpg

塩谷定好写真記念館。
17.jpg

変わったお店が多いです。
18.jpg

何屋さんかわかりませんが、ちくわ屋さん? 入りにくい…。
19.jpg

独特な感性を持った赤碕でした。
河本家住宅。菊港に材木を運んで来た河本さんでしょうか。
所子と同じ、豪農造りですね。注連縄が張ってあります。
21.jpg

22.jpg

堆肥を造っていました。なかなかの臭い…。
23.jpg

牛さん。
24.jpg

旧中山町のマンホールは、「まちを美しく」。
字入りのマンホールは珍しいです。
25.jpg

ここも、防火には余念がありません。
26.jpg

これも所子の「サイノカミ」に似た感じです。
28.jpg

一里松のお地蔵様。
30.jpg

元医院をカフェにしたお店。
31.jpg

木ノ根神社。
32.jpg

ここで道が行き止まってしまって、グルッと迂回しました。
101.jpg
赤い道が私たちが歩いた道、緑の道が本当の街道。

これは迂回路です。
33.jpg

どうやらこの向こうから出てくる道があったようですが今はありません。
34.jpg

また「サイノカミ」?。
36.jpg

大山をデザインした大山町のマンホール。
35.jpg

大山がきれいに見えます。
37.jpg

大山町名和地区のマンホール。
39.jpg

御来屋の宿場です。
40.jpg

塩谷糀味噌。
41.jpg

後醍醐天皇が船で着いた場所。
42.jpg

御腰掛の岩入口。
43.jpg

本日の街道歩きは、ここで終了。
44.jpg

名和駅。
1.jpg

100.jpg

名和神社。名和長年は、隠岐の島に流されていた後醍醐天皇を脱出させ
鎌倉軍を船上山で打ち破った忠臣です。鎌倉幕府は倒れ建武の新政が行
われ、名和氏は重用されました。
4.jpg

3.jpg

船の模様がありますね。
1.jpg

菊の御紋。
2.jpg

ここからまっすぐ海を越えて行くと、隠岐の行在所があります。
5.jpg

(名和)→

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

nice! 4

コメント 0